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東京日和

10月6・7日と東京出張でした。
ホテルが浜松町で、増上寺のすぐ近くなので
朝ご飯前に散歩に出かけました。

立派な御門です。さすが、徳川家の菩提寺

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朝7時の秋空です。増上寺のバックに東京タワー
すごいコントラスト!

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本殿でお参りをして、
その裏側、「徳川家墓所」に行ってみました。


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灯籠が立派だった

太平洋戦争の空襲で、この地に移設されたそうですが、
それでも青銅色の扉は時代を感じさせます。
この中には二代秀忠、六代家宣、七代家継、九代家重、
十二代家慶、十四代家茂の、六人の将軍が眠ってます。

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ホテルを出て、午前中は打合せで都内某所に行き、
その後お昼に朔田浩美さんと合流。

今日は彼女のナビで、夕刻の飛行機の時間まで史跡探訪
まず行ったのは、
日比谷の皇居あたり

実は初めてです。皇居に来るのは!

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その皇居前には日比谷公園や法務省がありますが、
このあたりがずっと長州藩邸跡だったそうです。

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桜田門です

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門をくぐると、さらに立派な門が


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今日は時間の都合で、このあたりまで
東京の史跡はイチイチ広い。

続いて小伝馬町に行きます
ここは、江戸時代の牢獄があったところで、
吉田松陰先生の終焉の地です。
ここに投獄されている間、
高杉晋作は物心両面ともに先生を支えていました。

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跡地は「伝馬町十思(じっし)公園」となっています。


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萩の野山獄に行ったときも感じましたが、
やはり土地の空気感が違いますね。
明らかに、増上寺や皇居の穏やかな気持ちいい「気」は
流れていなくて、ちょっと「陰」な感じ

安政の大獄で投獄された人たちなど、多くの処刑者も入っていた獄
だけど、さすが!吉田松陰先生は別格なんですね。
公園の一番右奥に、記念の碑が立っています。

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「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちるとも
留めおかまし大和魂」 という辞世の句が彫られています。


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1859(安政6)年10月27日。
南千住にある小塚原で吉田松陰は処刑されます。
高杉晋作は10月17日藩命により江戸を発ち、
11月26日に萩に帰着したため、そのことを知りませんでした。
自分の旅行中に刑が執行されたことを知り、
気も狂わんばかりに慟哭し、仇を討つことを念じ
ついに「倒幕」の決意を固めていくのです。


続いて私たちは、北品川の御殿山に
実は、東京ではここが一番行きたかったところ!


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まずこの原美術館までタクシーで来てみて
往時のイギリス公使館跡を訪ねてみようということに

ここから坂を下って、ミャンマー大使館の横を通って
権現山公園を訪ねていきました。

北品川3丁目から4丁目にかけてのこの御殿山は、
参勤交代で江戸に入る諸国の大名を迎える御殿が
立ち並んでいた所。
やがて桜が植えられ、品川の千本桜と呼ばれる名所に

イギリス公使館は、幕府がイギリスの要求を受けて
8万両の費用をかけて建設するものでした。
また花見の名所だったのに、一般人が立ち入れなくなると
庶民からは悔しがる声もあがっていたそう。
それを焼き払うというのは、痛快きわまること

そこで、引き渡しがすむ前に「焼打ち事件」を計画・実行したのが

隊長/高杉晋作(24歳)   
   久坂玄瑞(23歳)      白井小助(37歳)
   井上聞多(28歳)      堀真五郎(25歳)
   伊藤俊輔(22歳)      山尾庸三(26歳)
   赤根武人(24歳)      瓜生慎蔵(21歳)
   福原乙之進(26歳)     有吉熊次郎(21歳)
   長嶺内蔵太(27歳)     大和弥八郎(28歳)
   
この13人の長州の若者たちでした。
文久2年12月12日の夜にそれは決行されました。


   
当時のイギリス公使館が建設されていたのは
多分、この「権現山公園」のあたりだろう、という地元の情報をゲット。   


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マンションが立ち並ぶ高台にある公園ですが、
まさに桜の公園です。


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この事件は不問にされました。
長州藩士のしわざとわかりながら、黙殺した幕府。
その背景には、内外の多くの問題をかかえ
弱体化していく幕府の実情があったからと言われています。

高杉晋作のどの本を読んでも、焼打ち場面はいいですね。
関門海峡で攘夷戦争を行ったときと同じように、
「無謀」と思える熱さ、若さがこのサムライたちにはあります。
そしてうまく成功し、処罰もされないという高杉の運の強さに
不思議を感じるのです。

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