元治元年の出来事

防府の大専坊/来島又兵衛との談判

今年一年は、もうひとつのテーマとして、「元治元年の出来事」を書いていこうと思います。

元治元年(1864)1月24日のことです。

世子様より、遊撃軍鎮静のための親書を来島又兵衛に渡すよう命じられました。
そこで出かけていくのが、防府天満宮に今でも残る、大専坊です。
説得に行ったはずだったのに、又兵衛から挑発されて、高杉自身が脱藩して
上方に行ってしまった、というあの場面です。
 
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普段はこのようにぴったり閉まっています。
ところが、今回の訪問では地元の方に事前にお願いをして頂いたので、
中に入らせて頂けることにhappy01
うぅぅ、もう感激ですsweat01 何年越しの願いだったことでしょう。
じゃーん! 門の中からこんなお玄関が現れます。
 
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中に入ると、結構広い・・・
 
 
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そして! ここが多分「高杉と又兵衛がやりあったお部屋であろう」と!
 
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天満宮の方がご案内してくださったので、間違いなしです。
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もう本当に嬉しくて、すっかり舞い上がってしまった私です。
 
お庭に目をやると、
珍しく蘇鉄の木なんかがたくさん植えてあり、
灯籠がなければ、日本庭園というよりアジアンテイストなお庭です。
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脱藩して上方に行った高杉ですが、実は、在京の久坂玄瑞、桂小五郎らに事情を話して、又兵衛の京都進発を抑えるためだったようです。そこは計算ずく。
しかし、その後、「世子様の御用を途中で放り出して脱藩」という罪で、野山獄に投獄されるのでした。そのお話はまた、改めて致します。
 
その後、向い側にある「芳松庵」というお茶室で、私たち一行は素晴らしいおもてなしを頂きました。 たまたま開かれていたお茶会に参加できたのです。
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これを頂いた時の季節は秋。(2013年10月)
お菓子は三種、お茶は二服。
 
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さて、防府天満宮は天神様ですから、梅の木がたくさんあります。
後で聞いた話ですが、ここでできる梅の実。その梅干し作りの作業が
この大専坊で行われるとか。
なので、今回は天満宮でその干し梅を買って帰りました。
そして、今年の元旦に大福茶に入れて頂きましたよ。
こうして、ブログが再開できたのも、このおかげかもしれません。
 
 
 

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